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かつて荒川区と足立区を結んでいた隅田川のお茶屋の渡し。もちろん現在は既になくなってはいますが、その渡し船が一体どこに設けられていたのか気になりました。そこで古地図を見ながら現地に確認に行ってきましたのでレポートします。
古地図でお茶屋の渡しの場所を確認
iPadやiPhone向けに東京時層地図という古地図アプリがあります。複数の年代の地図が掲載されているので、時代による地図の変化を確認することができます。以下の地図はそんなiPad版東京時層地図からの引用です。
まずは現在の地図を御覧ください。
尾竹橋通りがあります。荒川区と足立区の間には尾竹橋が架かっていますよね。もちろん今はお茶屋の渡しはありません。
次に昭和戦前期の地図です。
既に尾竹橋は存在しています。この頃はお茶屋の渡しの文字は見えません。しかし、地図の中央下のところに京成渡という文字があります。この頃にもまだ隅田川に渡し船は存在していたことがわかります。その詳細についてはこちらから。
→かつて町屋と千住緑町を結んでいた隅田川の「一本松の渡し」がどこにあるのか探索してみた | 荒川区のはなし
次は関東大震災前の地図です。大正時代ですね。
この時代には尾竹橋はありません。尾竹橋通りもないですね。また、「隅田川」ではなく「荒川」という表記になっていることもわかります。
さて、この地図で現在の尾竹橋付近を拡大して見てみましょう。
ここに「御茶屋渡」という表記があります。これが今回のテーマであるお茶屋の渡しです。現在の荒川区と足立区を結ぶ渡し船が存在していたことが確認できました。しかも渡船場に向かう道もちゃんとありますよね。
荒川区側からお茶屋の渡し跡地を確認
次に現在お茶屋の渡しの跡地が確認できるのか見ていきます。まずは荒川区町屋側からです。
先程の大正期の地図であったお茶屋の渡しに向かう道は現在もそのままあります。尾竹橋通りから尾竹橋公園に向かう道です。そこをまっすぐ進んでいくと「この先行き止まり」の案内があります。
気にせずそのまま進んだ先に尾竹橋公園があります。
何かお茶屋の渡しの痕跡がないかと探してみると、荒川区教育委員会が設置した史跡・文化財の案内板がありました。
ここに江戸時代の天保年間(1830年から1844年)にお茶屋の渡しが設置されたことが記載されています。昭和9年(1934年)に尾竹橋ができた後もしばらくは残っていたとも書かれていますが、いつ廃止されたのかはここではわかりません。
実際の渡船場はこの案内板から南や約70m行ったところというので、その場所を見に行ってみましょう。隅田川の堤防横を歩いていくことができます。
何となく感覚的にここらへんかとは思うのですが、案内板などはなかったので確証はもてません。
堤防は背が高いので、スマホを片手にジャンプして足立区方面を撮ってみました。
きっとここらへんから渡し船が出ていたのだろうと思うことにします。
足立区側からお茶屋の渡し跡地を確認
次に足立区千住桜木に向かってみました。大正期にもあった墨堤通りから現在の隅田川に向かう道は今も残っています。
足立区側は隅田川テラスが整備されているので、隅田川と堤防の間を歩くことができます。
きっとここらへんにお茶屋の渡しの渡船場があったのではないかと思います。目印としては帝京科学大学千住キャンパス7号館です。
そのやや下流方面ですね。ただ、荒川区側にあった案内看板が足立区側では見つけられませんでした。もしかしたら筆者が発見できなかっただけでどこかにあるのかもしれません。
ここから荒川区方面を眺めてみましょう。
東に向かって流れていた隅田川が南に向きを変えるあたりです。こうしてみるとかなり川幅がありますね。ちょっと拡大してみましょう。
堤防の向こうに木々があります。写真左手あたりが荒川区側の渡船場があった場所と推測しました。
荒川区側にあった案内板によると、こちらの足立区側に3軒の茶屋があったとのことです。その茶屋のひとつにおたけさんとうい女性がいたことから「お竹の渡し」とも呼ばれていたそうですよ。もちろん現在は茶屋は存在していません。ちなみに、この渡船場付近はかつては「三軒茶屋」という地名だったことが大正時代の地図で確認できました。現在は「千住桜木」ですね。
まとめ
今回はかつて隅田川に存在したお茶屋の渡しについて古地図を使って振り返り、その跡地を現地に確認に行ってみました。今では尾竹橋を使えば簡単に荒川区と足立区を行き来することができますが、昔は渡し船でのんびり渡っていたのですね。荒川区側の隅田川テラスが完成したら、ぜひお茶屋の渡しの復活イベントを開催して欲しいです。
荒川区を古地図で振り返るシリーズのこちらのお話もぜひ御覧ください。
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